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2008年10月30日

The birth of the Kobayashi-Maskawa mechanism of CP violation

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This is based on a chat I had with Prof. Maskawa
on Feb 9, 2001 (Fri).

Maskawa-san was about 5 years senior of Kobayashi-san.
Maskawa-san was a joshu at Nagoya which expired in 3 years
and then moved to Kyoto U. At about the same time,
Kobayashi-san was hired at Kyoto as a joshu also.

The quark mixing in weak interaction that Cabibbo introduced
in 1963 had been extended to a credible 4-quark theory
by Glashow, Iliopoulos, and Maiani in 1970. Since then,
many people had been working on 4-quark models.
The 4-th quark, charm, was not discovered yet. Maskawa-san
and Kobayashi-san were also working on 4-quark models,
but their focus was to explain the CP violation that had been
observed in the decay of neutral Kaon several years earlier.
QCD was not established yet, and if the strong interaction
violated SU(4), then CP violation could occur in 4-quark model.
The first correct choice was to assume that the strong
interaction did not contribute to CP violation, and that
CP violation would occur in the framework of the gauge theory
of weak and electromagnetic interactions. It then became
clear that there could be no CP violation in the 4-quark models.

The mode of operation was that Maskawa-san came up with
various models which Kobayashi-san would examine and kill.
Kabayashi-san was so able and also knowledgeable about
experimental constraints that most models were rejected
one after another.

It was clear that if the number of quarks were increased,
then there could be CP violation. However, it looked quite
adventurous to propose a 6 quark model when the 4th quark
had not even been found yet. At one night in the bath tab,
Maskawa-san was resigned that probably the point of the paper
should be that there would be no CP violation within 4-quark models.
Then, when he got up from the tab, he thought maybe they should
emphasize that there would be CP violation with 6-quark models.
A slight shift of focus. But it was not the only ingredient that led to
the discovery of so-called Kobayashi-Maskawa mechanism of
CP violation.

The quark mixing matrix, which is called
the Cabibbo-Kobayashi-Maskawa (CKM) matrix, is a product of
two unitary matrixes that diagonalize left-handed up-type quarks
and left-handed down-type quarks. The diagonalization is
performed by bi-unitary transformations where the unitary
transformations of right-handed quarks also participate
but do not get included in the CKM matrix.
Bi-unitary transformation was not too well known, but
Maskawa-san had studied the chiral transformation of pions
where each of two indexes transforms by a separate matrix.
He was thus well prepared to tackle the topic of quark mixing
matrix and figure out how a CP-violating complex phase
could sneak into the weak interaction of quarks.
On the other hand, Kobayashi-san was able to quickly figure out
what forms of interaction could and could not lead to the observed
CP violation. When it was combined with the mathematical ability
of Maskawa-san, the result was that the standard theory of
CP violation is now called the ‘Kobayashi-Maskawa mechanism.’
Yes, there existed good reasons why they were the first.

Hitoshi Yamamoto(Tohoku University)

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2008年10月26日

『消えた反物質』

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みなさま

岩田先生も山本先生もすごいですね。
私には、ノーベル賞をもらった(もらうような)
知り合いがおりません。(苦笑)

小林誠先生というと・・・
『ビッグバンをつくりだせ』 の原稿を書き始めるときに
岩田先生が本を読むことをお勧めくださいました。
どんな本を作りたいのか、またどういう文章がよいのか
小林先生の本を読んで勉強をしなさいと言われました。

そこで 『消えた反物質』 (講談社ブルーバックス)を
買って読みました。

御著書の「はじめに」の「高いビルや塔の上から・・・」
という文章を読んだだけで
高エネルギー実験には、どういう意義があるのかが
はっきりと理解できました。
考えて磨きぬかれた言葉というものは、こんなに明晰で
初心者の私の頭にもすっきり入ってくるものだということに
感動しました。(岩田先生、今度サインをいただいてくださいね。)

高橋先生が「物理屋往復書簡 2 周年」のことを
お書きになっておられました。
先生方にお目にかかるといっても
せいぜい年に一度か二度くらいですが
さまざまな影響を受けています。

私の文章は、もともと色気がありません(笑)。
ですが、ますますさっぱりしてきたように思います。
S+V+O、 S+V+C、とか S+V+O+C
の英語の 5 文型みたいな。(笑)

このごろ、修飾語がどんどん減ってきているのを感じます。
もう絢爛豪華なクラシックバレエの全幕ものの評論は
できないかも知れません。

そういえば、テレビで見ましたが
小林・益川理論の論文はわずか「 6 枚」でした。
真理を記述するのに、長い論文は必要ないのでしょう。

天満ふさこより

追伸:山本先生
益川先生の4-quark、6-quark の談話ですが
ユニタリー行列(unitary matrix)のお話は
私には、豚に真珠、猫に小判です。(笑)

そこで「ノーベル物理学賞受賞記念」ということで
今回は、専門家向けに「小林・益川理論誕生の秘話」を
お書きくださるというのはいかがでしょうか。
(英語でも日本語でもどうぞ!)

天満ふさこより

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2008年10月23日

物理屋往復書簡2周年

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皆様

ノーベル物理学賞のニュースが飛び込んできて
その話題が続きましたが
この 10 月で 「物理屋往復書簡」 も開始から 2 年になりました。

ILC 計画の応援サイトのコンテンツを考えていて、
私が天満さんに往復書簡形式の連続掲載を
お願いしたことがきっかけでした。

最初の頃の手紙をみると、
天満さんが私の突然のお願いにびっくりしている様子が伺えます。
すぐに岩田さんを巻き込んで
最近では山本さんも登場して…。
2 年と言うのは長いような、短いような…。
皆さんはどのように感じていますか。

この 2 年の間に、ILC を応援下さる方々は
少しずつですが着実に増えていると思います。

社会科見学に行こう! が開催している
「加速器の夜」も 5 回くらい開かれたでしょうか。
開催されるのは、たいてい日曜日の夜なのに
100 名近い方が集ります。

リニアコライダー普及委員会ILC 友の会など
ILC 計画応援サイトができています。
普及委員会の皆さんは
素粒子戦隊リニアコライダーというキャラクターも
作って下さいました。
私も、国際リニアコライダー@広島大学というサイトを作り始めています。

往復書簡も含めて ILC 応援ネットワークが
充実していけばよいですね。

実は、はじめたころは、
そんなに遠くない時機に終わりがくると思っていたのですが、
予想に反してまだまだ続きそうです。
ILC ができる日まで続くかな…?

高橋徹より

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2008年10月18日

小林・益川理論の誕生

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皆様

2001 年の春、知り合いの理論家に招かれて
京都大学の基礎物理学研究所に短期滞在しました。

当時僕は物質・反物質対称性の破れに関する実験に
フルタイムで携わっていました。
その実験は小林・益川理論なくしてはあり得なかったものです。
その益川先生がすぐそこにいらっしゃるので、
お部屋にお邪魔して
小林・益川理論の誕生の裏話 を伺うことにしました。

たしか、
「クォークが 3 つしか見つかっていないときに
6 つのクォークを提案すると言うのは
随分大胆なように思いますが?」
と切り出したように覚えています。

1970 年頃、小林先生と益川先生は
物質・反物質対称性の破れを説明する理論を探していました。
当時は素粒子の標準理論はまだ赤ん坊の状態で、
いろんな提案のどれが正しくどれが間違っているのか、
混沌としていて、
いろんな可能性がありました。

ともかく標準理論の根幹となる部分を信じ、
4 つのクォークを仮定して
物質・反物質対称性の破れを説明しようとしました。

仕事のパターンは、
益川先生がいろんな理論的アイデアを出し、
小林先生が豊富な実験知識と理解力で
次々とそれらのアイデアをつぶしていったそうです。
そしてついに、
全ての可能性をつぶしてしまった。

落胆した益川さんは
お風呂につかりながら諦め気分で、
「4 つのクォークでは物質・反物質対称性の破れは起こらない
という論文にするしかないか。」
と考えていたそうです。
そして湯船から立ち上がったとき
「まてよ、6 つのクォークなら起こると提案しよう。」
と思いついた。

小林・益川論文では物質・反物質対称性の破れの理論として
いくつかの可能性を挙げたあと、確かに
6 クォーク理論を最も自然な理論として提案しています。

山本均より

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2008年10月15日

南部陽一郎先生とラグタイム

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皆様

僕は 1986 年から 4 年間シカゴ大学にいましたが、
その間 南部陽一郎先生 にいろいろお世話になりました。

赴任して間もない頃、
「一度うちにいらっしゃい。」
とご自宅に招かれたことがあります。

大学のすぐ近く、
シカゴ南部のハイドパークにある立派な家です。
玄関を入るととても広く暗い居間があり、
真ん中にゆったりしたソファセットが陣取っていて、
グランドピアノもありました。
先生はなにか用事があったらしく
しばらくそこで一人で待つことになりました。

待っている間に退屈したからでもありますが、
そこにあったグランドピアノをたまらなく弾いてみたくなり、
失礼を承知でピアノの鍵盤のふたをあけ、
その頃自分で練習をしていた
スコット・ジョップリン(Scott Joplin)の
「エンターテイナー」を弾き始めました。
映画「スティング(The Sting)」のテーマですね。

しばらくすると奥さんが現れて
「お上手ね。」
心中「随分ずうずうしい人だな」と
思っていらしたかもしれません。

間もなく南部先生が来て
「それはもっとゆっくり弾かなきゃ。」
と言われました。
「え?」というと
「聴いた事のあるのは、もっとゆっくりですよ。」

確かに初心者は、ラグタイムを速く弾きすぎる傾向があります。
スコット・ジョップリン自身が
「ラグタイムは決して速く弾いてはならない。」
と戒めていたのを思い出しました。

南部先生は口数も少なく、
まったく気取るところもなく、
一見音楽通という印象は受けないのですが、
「ラグタイムをかなり深く理解しておられる。」
と感銘を受けました。

山本均より

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2008年10月11日

小林 誠さんのことなど

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皆さん

ずっと前からノーベル賞だといわれてきた 3 人でしたね。
晩酌しながら見ていたテレビの字幕で知った時は
「やっと受賞か…」といった感じでしたが、
その後めでたさとうれしさが、じわっと増してきました。
小林・益川のお二人は、
僕と同世代の身近な存在だったんです。

クォークについての小林・益川理論(KM理論)が出たのは、
確か 1972 年のことでした。
その後、加速器の高エネルギー化とともに
4, 5, 6 番目のクォークが次々と発見されました。

79 年に 5 番目(ボトムクォーク)が見つかってからは、
6 番目もあるぞと多くの人が確信しましたから、
この時点で KM 理論は証明されたとも言えるでしょう。
論文発表から 10 年弱でした。
 
やはり 6 番目(トップクォーク)が見つかってからだと考えると
94 年のことでしたから約 20 年後となります。

もっとキツイ見方もありました。
6 種のクォークが揃うだけでなく、
わずかに見えている対称性の破れが
予言によく合っていなければ、ダメというもの。
日本と米国の Bファクトリーという新加速器のもとで
見事に測定されたのが 2002 年頃。
理論構築から 30 年後ですね。

KM 理論は、ひとつの新粒子を見つければ
劇的に証明されたことになるタイプの理論ではありません。
基本粒子の枠組みに関するものでしたから
厳密な検証までには時間がかかったわけです。

光栄なことに、僕は小林さんとは
KEK (高エネルギー物理学研究所、のちに高エネルギー加速器研究機構)
で約 20 年もの付き合いでした。
もっとも理論と実験の違いはあるし、
小林さんは初めから研究所の「看板」でしたが。

この 20 年の後半には、「CP 対称性」の崩れ具合を測る
Bファクトリー計画 を推進することになりました。
同様な計画が世界のあちこちで提案され、大変な状態でした。

でも「KM 理論で始まって世界をリードしてきた研究課題なんだから、
ぜひ我々の手で測定して決着をつけたい。」
という強い意気込みが政府に通じ、予算がついたのです。

日本・米国の計画だけが生き残り、一対一の激しい競争になりました。
日本側は遅れてスタートしただけに、冷や冷やしていたのですが
驚かされました。
いろいろと問題はあったのに、加速器は性能をぐんぐん上げて
とうとう世界一になったのです。
実験装置も見事に働いて難しい測定を成し遂げました。

80 年代の “トリスタン電子・陽電子コライダー計画” を通じて、
秀れた加速器研究者がたくさん育っていったんですね。

若い実験研究者も昔とずいぶん違って見えます。
非常に優秀で何でもできそうな人が多く、
学位論文のレベルの高さも印象的です。
(僕の学位論文なんて今の人に見せられるもんじゃありません。)
やはり適切な研究の場があると人が育つんですね。

岩田正義より

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2008年10月09日

<祝> ノーベル物理学賞

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皆さま

今年のノーベル物理学賞が、
南部陽一郎,益川敏英,小林誠の三氏に贈られました。
三方ともノーベル賞候補として長く名前の挙がっていた方で
喜ばしい限りです。

個人的にも出身大学にゆかりのある小林・益川両氏の受賞は
感慨深いものがあります。

明後日、学部の学生向けに、
素粒子実験の授業をする予定なのですが、
急遽このニュース関連の話を盛り込もうと思っています。
(しかし、自発的対称性の破れとか CP 非保存は、
分かりやすく話をするのがなかなか難しいです。)

岩田さんは KEK で小林さんと一緒に仕事をなさっていたことですし
山本さんも B ファクトリーの共同研究者、
また京都大学の OB としても
お話したいことがたくさんあるのではないでしょうか。

高橋 徹より

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2008年10月07日

<速報> ノーベル物理学賞 2008

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みなさま

今日は、超ビッグニュースが飛び込んでまいりました。
今年のノーベル物理学賞は、

小林 誠先生(高エネルギー加速器研究機構名誉教授)
益川 敏英先生(京都大学名誉教授)
南部 陽一郎先生(シカゴ大学名誉教授)

南部先生の受賞理由は、「自発的対称性の破れの発見」
小林・益川先生は「CP対称性の破れに関する理論的研究」

だそうです。
わあっ、すごい!!! 受賞おめでとうございます。
心から御祝を申し上げます。
戸塚先生の訃報が、記憶に新しいだけに
こみあげてくるものがありました。
素粒子理論研究、それも日本人三人の先生の
受賞です。

岩田先生は「高エネルギー物理学研究所」
(高エネルギー加速器研究機構の前身)で
小林誠先生とご一緒だったとか。
小林先生は理論研究部で、
そのとき岩田先生は、研究総主幹として働いておられたと
伺いました。

高橋先生はもちろん、山本先生は、研究内容・大学からいっても
きっと何かつながりをお持ちのはず。
いろいろなお話をたっぷりお聞かせいただきたく。
よろしくお願いいたします。
(私はこれからまたノーベル賞のニュースを見るので、忙しいのです。)

天満ふさこより

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2008年10月05日

源氏物語の1000年

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みなさま

土日を利用して、横浜美術館へ
源氏物語の1000年 -あこがれの王朝ロマン-
を観に行きました。

「国宝源氏物語絵巻」を徳川美術館へ観に行ったのは
1995年のことでした。
5 年に一度、徳川美術館と五島美術館が
交互に全巻展示をするというので、行く!と決めたのです。
それで、東京へ行くと張り切っていたのですが
直前になって徳川美術館が名古屋市にあることを知りました。
慌てました…。(苦笑)

おととしは、広島県立歴史博物館で
平成復元模写「よみがえる源氏物語絵巻」を観てきました。
夏の真っ盛りでしたので、元気なヤツだと岩田先生に呆れられました。

「源氏物語の1000年」は国宝7点、重要文化財10点(展示替え有り)
を含み、平安から現代へと受け継がれていく源氏物語の姿を
一堂に見ることができます。

バレエの評論なんかをしていたせいで、
西洋かぶれだと思われがちなのですが、
実は、日本の美術が一番好きなんです。

国宝の「倭漢抄」(伝 藤原行成)、や「亀山切 古今和歌集」を
会場で見ていると、墨を摺って無性に真似してみたくなって
困りました。
源氏物語図屏風や画帖を見ていると、
あまりの美しさに、時間の経つのを忘れそうです。

その繊細さ、それから四季の移ろいは
日本が世界に誇るべき特質だと思っています。

岩田先生は、俳句を嗜まれますし、
山本先生は、茶道の先生でいらっしゃいますよね。

山本先生には、こちらをお薦めします。
正木美術館40周年特別記念展 -禅・茶・花― 」(東京美術倶楽部)
御成門駅からすぐ。国宝3点、重要文化財12点。
最後の展示室で国宝の「三体白氏詩巻」「後嵯峨院本白氏詩巻」に
出会えるのはもちろん、お茶道具は、うっとりするほど…。

CERNのLHCが気になるところでしょうが、みなさま美術館へもぜひぜひ。

天満ふさこより

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