物理学者と素粒子好きのみなさんとの、ILC(リニアコライダー)にまつわる対話集。
好奇心のおもむくまま話はいろいろなことろに、飛んでいきます! はてさて、素粒子物理研究の一端をここで垣間見る見ることはできるのでしょうか?
▼はじめのごあいさつ
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広島大学准教授。スタンフォード線形加速器センターへて、広島大学へ。リニアコライダーでは「レーザーと電子ビーム」をキーワードに光子光子衝突や偏極陽電子源の開発を行っている。小学校のときは剣道場へ通い、中学・高校ではサッカー部だった。今でも週2回のスポーツジム通いは欠かさない。
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バレエ評論家。第4回・5回日本ダンス評論賞入賞。好きなものはバレエと猫。著書に『「星座」になった人 芥川龍之介次男・多加志の青春』(新潮社)がある。
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高エネルギー物理学実験を楽しんできたが、1年半前に KEKを定年退職して現在は名誉教授に。05年には木原元央氏と共著にて『リニアコライダー 素粒子の謎に挑む最強の加速器』(技術経済研究所)を刊行。
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カリフォルニア工科大学大学院に留学し、スタンフォード線形加速器センター、フェルミ研究所等で素粒子実験に携わる。ハーバード大学准教授、ハワイ大学教授を経て現在東北大学教授。ILCの物理と実験に関する国際組織のアジア代表を務めている。趣味は茶道、ピアノ、インラインスケートなど。
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2007年11月28日
みなさま
高橋さんの「 北京だより 」を読んでなつかしくなり、
自分の記録をひっくり返してみました。
すると 1994 年を初めとして、計 6 回北京を訪れていました。
当時はまず、 2,000 キロちょっとという距離の割には、
北京への飛行時間が長くて、がっかりしました。
これは、北朝鮮上空の飛行が許されず、
大きく上海方向に南に回りこんで飛ぶためとわかりました。
( 今もそうでしょうか? )
昔、ヨーロッパへ行くのに旧ソ連上空を飛べず、
アンカレッジ経由で大きく北を回った事情と似ていますね。
次に、「 ビッグバンをつくりだせ 」のプロローグでもちょっと触れましたが、
自転車の多さが印象的でした。
人口と同じくらいの台数があるんじゃないか、と思ったくらいです。
自転車であってもこういう規模の流れになると、すごい迫力でした。
でも高速道路網が広がり、自動車の割合が急激に増え続けているようです。
「 あぁ北京! 」と思わせる情景がなくなりそうですね。
北京での移動はいつも車でしたが、
僕にとっては、これが大の苦手でした。
いつも、ブレーキとクラクションしか使っていないような運転でした。
ひんぱんに、しかも乗客が予期しないときにブレーキがかかり、
呼吸のリズムが崩れて、気持ちが悪くなったものです。
高橋さんの報告からは、今では車が整然と走っている地域が
広がっていると感じました。
間違いなく改善されていますね。
もうひとつ印象的だったのは、特に冬のスモッグのすごさでした。
みんなが石炭を使っているためだとの説明を受けました。
その後どのくらいよくなったでしょうか?
北京は政治・経済だけでなく、ILC 関連の行事でもわかるように、
学術面でも重要な役割を果たしています。
そしてオリンピックを機会に、都市としてさらに飛躍しようとしているわけで、
また訪れてみたいと思いますが、典型的なおのぼりさんになるでしょうね。
岩田正義より
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