rssフィード


Movable Type 3.2-ja-2



2007年11月28日

北京雑感

line

みなさま

高橋さんの「 北京だより 」を読んでなつかしくなり、
自分の記録をひっくり返してみました。
すると 1994 年を初めとして、計 6 回北京を訪れていました。

当時はまず、 2,000 キロちょっとという距離の割には、
北京への飛行時間が長くて、がっかりしました。
これは、北朝鮮上空の飛行が許されず、
大きく上海方向に南に回りこんで飛ぶためとわかりました。
( 今もそうでしょうか? )
昔、ヨーロッパへ行くのに旧ソ連上空を飛べず、
アンカレッジ経由で大きく北を回った事情と似ていますね。

次に、「 ビッグバンをつくりだせ 」のプロローグでもちょっと触れましたが、
自転車の多さが印象的でした。
人口と同じくらいの台数があるんじゃないか、と思ったくらいです。
自転車であってもこういう規模の流れになると、すごい迫力でした。
でも高速道路網が広がり、自動車の割合が急激に増え続けているようです。
「 あぁ北京! 」と思わせる情景がなくなりそうですね。

北京での移動はいつも車でしたが、
僕にとっては、これが大の苦手でした。
いつも、ブレーキとクラクションしか使っていないような運転でした。
ひんぱんに、しかも乗客が予期しないときにブレーキがかかり、
呼吸のリズムが崩れて、気持ちが悪くなったものです。

高橋さんの報告からは、今では車が整然と走っている地域が
広がっていると感じました。
間違いなく改善されていますね。

もうひとつ印象的だったのは、特に冬のスモッグのすごさでした。
みんなが石炭を使っているためだとの説明を受けました。
その後どのくらいよくなったでしょうか?

北京は政治・経済だけでなく、ILC 関連の行事でもわかるように、
学術面でも重要な役割を果たしています。
そしてオリンピックを機会に、都市としてさらに飛躍しようとしているわけで、
また訪れてみたいと思いますが、典型的なおのぼりさんになるでしょうね。

岩田正義より

line

2007年11月24日

山梨日日新聞掲載

line

みなさま

「 ビッグバンをつくりだせ 」の新刊紹介が、
10 月 30 日の中日新聞・東京新聞の朝刊に載りました。
送っていただいた新聞記事を拝見して、うれしくなりました。

すると、11 月 16 日の山梨日日新聞に、
岩田先生のインタビューが掲載されました。
5 段ぶちぬき!( オホホ、言葉遣いが悪いでしょうか…。 )
A4 サイズに収まりきらないほど、大きな扱いです。
驚きました! おまけにカラー記事なんです。
山梨日日新聞の桑原久美子さん、わかりやすく
よくまとまった記事を書いてくださって、ありがとうございました。

インタビューがあった 11 月 1 日は、
なんと中日ドラゴンズが 53 年ぶりに日本一に輝いた日です。
ドラゴンズファンの岩田先生にとっては、
新粒子が見つかったくらい歴史的な日でもありました。

私は東京新聞夕刊の名物コラムである「 大波小波 」に
「 女性の執念 」というタイトルで載ったことがあります。
( このタイトルを見た瞬間、頭に火のついたロウソクを立て
手には藁人形と五寸釘を持っている「 鬼女 」を想像してしまったのでしたが。笑 )

そのコラムの中でペンネーム、イケメンさんが、
「 女性だから関係者の気持ちもほぐれて 」取材がうまくいったのでは
と書かれていました。
岩田先生は、インタビューにアガったのではなく、
若い女性にアガったのではないですか?と、私はからかいました。

紙面のカラー写真の岩田先生は、優しい笑顔でした。
web では、こうして茶化していますが、
岩田先生は、スゴイ先生なんだ!
…… 新聞記事を読んで、私はあらためてうなづいたのでした。

天満ふさこより

line

2007年11月17日

「加速器の夜」でお会いしましょう

line


皆様

ところで…。

明日、18日の「加速器の夜」には、顔を出すことにしました。
運良く?別の用もあったので決断しました。
前回は夜の 11 時まで盛り上がっていました。
今度は、どんな会になるのでしょうか?

岩田さんの記事が載った「 山梨日日新聞 」のコピーを
持って行くことにしましょう。

帰ってきたら報告します。

高橋 徹より

line

2007年11月15日

久しぶりの北京

line

皆様

加速器の夜は、「 行ってみようかな 」と考えているのですが、
スケジュール等の関係でまだ決断していません。
もし行ったら報告します。

ところで、リニアコライダーの研究会で、
北京に行ってきました。
北京郊外の「 中国科学院高能物理研究所 」というところです。
( 漢字でかけるので良いですね。 )
北京は、2004 年のリニアコライダーの技術選択、
今年の 2 月の基準設計など、たった数年の ILC の歴史の中で
2 回も重要な発表があった、因縁?の地です。

研究会は 3 日間。
アジアの ILC 研究を盛り上げるための会合という感じでした。
私は研究所から歩いて 20 分程のホテルに泊まり、
毎日歩いて通いました。

10 年ぶりの北京だったのですが、空港は新しくなっていました。
米国が本拠地の有名コーヒー店があるし、地下鉄はできている。
研究所近くの道路も拡幅工事の真っ最中で、
来年のオリンピックにむけて、急ピッチで開発が進んでいました。

10 年前とは別世界の近代都市という雰囲気もあります。
でも研究所の近くの大通りでは、
交通ルールがあるのか無いのか分からないような
交通渋滞とクラクションの嵐…。
人と自転車の多さは、昔と変わらないな、、、と感じていました。

ところが、研究会が終わった後、
地下鉄で北京の中心街に行ってみたら、びっくり!
研究所から地下鉄一本で 10 kmほどしか離れていないのですが、
警察官が交差点で交通整理をして、車が整然と走っているのです。

オリンピックに向けて、国を挙げて準備しているということを
実感しました。
後 1 年で、これが中心街からどのくらい広がっていくのか
楽しみでもあり、古い北京が無くなっていくのが残念な感じもします。

高橋 徹より

line

2007年11月07日

Re:見学ナイト6 加速器の夜

line

みなさま

「 加速器の夜 」という行事ですか。
どんなことをやるのかイメージできないので、
あらためて「 社会科見学に行こう 」のHPをのぞいてみました。

正直なところ、「 見学 」活動の目的が、
なかなかピンときませんでした。
少し分かり始めたような気がしたのは、
見学の実例をいくつも見てからです。
それにしても、身近になかった新しいタイプの活動に
まず大きな距離を感じてしまうのは、
新しくない世代の特徴でしょうね。

何はともあれ「 百聞は一見に如かず 」ですから、
「 加速器の夜 」に行ってみたい気もします。
しかし、遠くで夜おそくまでというのは、
残念ながら僕の今の( 健康的な )生活リズムを壊します。

ところで、研究の現場から離れてみると、
粒子加速器というものが一般の人にまったく知られてないと、
つくづく感じます。
その機能と規模が日常的な感覚とはかけ離れているため、
余計分かりにくいのでしょう。
出版したばかりの「 ビッグバンをつくりだせ 」( プレアデス出版 )が、
この大きなギャップを埋めるのに少しでも役立ってほしいですね。

日本加速器学会ができたのは 2005 年でしたっけ。
加速器の応用分野は物性科学や産業技術そして医療へと広いので、
会誌の記事はさまざまで面白いのですが、
会員向けですから、一般向けにはなっていませんね。

つくばの高エネルギー加速器研究機構( KEK )で、毎年夏に
加速器スクールが行われているのをご存知でしょう。 
そこでは、担当者が力をこめて書いたテキストが用意されます;
   www.heas.jp
やはり一般向けではありませんが…。

加速器学会なり大きな研究所なりが、その蓄積を生かして、
後継者を育てるための教科書とともに、一般向けの出版に、
組織的に取り組むことを期待したいですね。

岩田正義より

line

2007年11月01日

見学ナイト 6  加速器の夜

line

皆様

以前「社会科見学に行こう」
http://kengaku.org/
という団体を紹介しましたが、
11月18日に、「見学ナイト 6  加速器の夜」
が開催されるそうです。
なんと 16 時から 22 時まで 6 時間にわたり
加速器や素粒子物理について
飲んで話をする会です。

私は今のところ行く予定はないのですが
楽しい会になりそうです。
前にも言いましたが、日曜日の昼から深夜まで
加速器の話を聴きに多くの人が集まるなんて
すごいですね。

それから,この団体の web で私たちの本や
物理屋往復書簡紹介してくれています。
参加された方から感想などを聞けると面白いですね。

参加できるとタイムリーなんですけど、、、
岩田さんいかがですか?

高橋徹より

line