rssフィード


Movable Type 3.2-ja-2



2007年09月14日

防災の日

line

みなさま

9 月 1 日は、「 防災の日 」でした。
テレビで、地震の被災地の映像を見るたびに、胸が痛みます。

今から 6 年前の 3 月 24 日の午後でした。
ちょうどそのとき、ひろしま美術館へ「 古伊万里のすべて 」
という特別展を観に行っていました。
地下一階の展示室で、焼き物を見はじめたとき、
いきなり足元を巨大な槌で殴りつけたような、
突き上げるような振動がきました。

「 あっ、地震だ! 」
とすぐにわかりました。

陳列棚の陶磁器が、小さなジャンプを始めました。
急いで展示品のガラスの前を離れ、中央の柱につかまりました。
すると、ぐらっ、ぐらっと激しい横揺れがきました。
こんな大きな地震、今まで経験したことがありません。

ですが、地下一階の鉄骨コンクリート造の部屋で、
もともと美術品を守るための部屋ですから
この揺れならどこよりも安全なシェルターだろう、そう思いました。
どうしてこんなに落ち着いていられたのか、それには理由があります。
寺田寅彦の随筆を読んでいたからです。

びっくりしたのは、観覧者がワーッと叫び声をあげて
われ先にと、入り口のガラス扉のところへ殺到したことでした。
誰かが倒れたら、どうなるんでしょう…。
次の大きな揺れがきたとき、みんな走って地上へ逃げてしまいました。
展示室に残っていたのは、私と母、それからあと二人くらいだった
と記憶しています。

いつもの数倍の時間かかって、自宅へたどり着き、ゾッとしました。
2 階の私の部屋は、最初扉が開きませんでした。

十数年分のダンスマガジンを、本棚と洋服ダンスの上の縁に
グルリ並べていたのです。
それが地震の揺れでほとんどが落ちてしまっていました。
この部屋にいたら、無傷ではいられなかったかも知れない…。

入り口に殺到する人のことを怖がったくせに、
まず自分のことが、何もできていなかったのです。

自宅の屋根瓦が大きく波打っていることを知ったのは、
翌日のことでした。
この地震は、マグニチュード 6.7 で、
「 芸予地震 」と呼ばれています。

天満ふさこより

line