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2007年09月29日

つくばの地震

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みなさま

猛暑の後遺症で、ボケッとしたままご無沙汰してしまいました。
お二人とも大きな地震を経験されているんですね。
災害の話は、やはり経験者から聞くと
怖さのイメージが浮かびます。

僕は幸いに大地震には出会っていません。
今までに住んだ土地の中で、
仙台、東京、名古屋、ニューヨーク、ジュネーブ、甲府では、
地震をほとんど意識しませんでした。

ところが、つくばは、違いました。
よく揺れるのです。
寝ているとゴーッと地響きがして、度肝を抜かれます。
それからユッサユッサと揺れ始めます。
こういうタイプの地震が多いのです。
筑波山の下が広く岩盤になっているからだ、と聞きました。
( P波によるものでしょうか。
初めの音は、自然の地震速報みたいなものです )

つくば市から 50 キロくらい北の方に、
焼き物で有名な、益子と笠間があります。
よく出かけた所でしたから、大きめの地震が来るたびに、
棚に並んだたくさんの焼き物は大丈夫だったろうか
と心配したものです。

地震の巣とも言われる茨城ですが、
頻繁に揺れてエネルギーを吐き出すので、
大地震には至らないようです。
ですから生活上はあまり心配しませんでしたが、
KEK で巨大な実験装置( 8 メートル立方で 1200 トンくらい )
をつくったときには、耐震性を大いに気にしました。

振動してぶつかり合うと壊れそうな検出器部分については、
近くの防災研で揺さぶって、安全を確認してもらいました。
また装置全体が揺れても、茨城の典型的な地震に同調して
増大しないことを、計算だけでなく振動試験でも
会社に調べてもらったものです。

それにしても、大きな地震のニュースが多いですね。
僕が住む地区の防災訓練は、 8 月末でした。
(こういうときになぜ来賓挨拶があるのでしょうか?)

岩田正義より

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2007年09月24日

『「 震災日記 」 より 』 ( 寺田寅彦 )

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みなさま

サンフランシスコ大地震のことは、私も覚えています。
テレビのニュースで見た、高速道路があちこちで寸断された映像に驚いて
慌てて知人の安否を確かめました。

寺田寅彦の随筆に 『「 震災日記 」より 』 というのがあります。
これは、大正 12 年( 1923年 ) 9 月 1 日、
関東大震災のときの、自らの体験を記したものです。

東京が大地震にみまわれた時、
彼は上野の二科会展覧会の喫茶店で、紅茶を飲んでいました。
急激な地震の主要動が来たとき、
彼は地球物理学者らしく、自分の居た建物の揺れの周期を
観察しています。
その揺れ方から、この建物は大丈夫だと直感し

「 この珍しい強震の振動の経過をできるだけくわしく
観察しようと思って骨を折っていた 」『 寺田寅彦全集 』( 岩波書店 )

といいます。
まわりはわれ勝ちに、一人残らず出口から建物の外へ
出て行ってしまっていたので、勘定をすることができません。
やっと戻ってきたボーイに、寅彦は勘定を払い、
ひどく丁寧に礼を言われたりしています。
そして非常に多くの家屋が倒壊したために起こる、
ひどい土ぼこりのにおいに大火を予想しながら、家に着くのです。

私は、この随筆を繰り返し読んでいたので、美術館で地震に遭ったときも
『 震災日記 』と一緒だ!と思い、慌てずに済んだのでした。

ちなみに、この関東大震災のとき、二階に赤ん坊が寝ていたにもかかわらず、
自分だけ先に外へ逃げ出し、あとで奥さんに
「 赤ん坊が寝ているのを知っていて、自分ばかり先に逃げるとは
どんな考えですか 」
と叱責された作家がいます。

この作家の名前を芥川龍之介といい、この時、生後十ヶ月の赤ん坊は、
多加ちゃんこと、芥川多加志といいました。
『 追想 芥川龍之介 芥川文述 中野妙子記 ( 筑摩書房 ) 』 

天満ふさこより

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2007年09月19日

Re:防災の日

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天満様

私も芸予地震は良く覚えています。
大学にいたのですが、パソコンのディスプレイが
机の上でカタカタと揺れていました。
直ぐに自宅に電話して、何事もなかったことを確認してから
帰宅しました。
電話が混み合うよりも一瞬早かったようです。
あと数分遅れたら、電話は使えなかったでしょう。

私が体験した最も大きな地震は、1989 年 10 月のサンフランシスコ地震です。
ロマプリータ地震( Loma Prieta Earthquake、ちなみに外国人には
ロマ プリエータ < エにアクセント> と言わないと通じません )
という名がついています。

スタンフォード線形加速器センター( SLAC )に着任した直後で、
アパートを探すために車で走っていました。
大きな揺れを感じたので、パンクしたのかと思って直ぐに止まったのですが、
揺れが収まりません。
それで地震だと気がつきました。

まだ生活にも英語にも慣れていなかったので、どの程度の地震かよくわからず
24 時間近く経った後アメリカで放送された前日のNHKニュースを見て、
やっと理解できたと記憶しています。

SLAC の建物も加速器も耐震構造だったため、
被害はほとんどありませんでした。
( スタンフォード大学では,石作りの建物に被害がでて
完全復帰に数年かかりました。 )
でも、SLC( SLACの 3 kmの線形加速器 )の一部は
小さな断層にかかっていて、そこは 1 cm くらいずれたそうです。
ILC は事前に精密な地質調査も行いますし、
揺れても直ぐに再調整できるように設計されます。

高橋徹より

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2007年09月14日

防災の日

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みなさま

9 月 1 日は、「 防災の日 」でした。
テレビで、地震の被災地の映像を見るたびに、胸が痛みます。

今から 6 年前の 3 月 24 日の午後でした。
ちょうどそのとき、ひろしま美術館へ「 古伊万里のすべて 」
という特別展を観に行っていました。
地下一階の展示室で、焼き物を見はじめたとき、
いきなり足元を巨大な槌で殴りつけたような、
突き上げるような振動がきました。

「 あっ、地震だ! 」
とすぐにわかりました。

陳列棚の陶磁器が、小さなジャンプを始めました。
急いで展示品のガラスの前を離れ、中央の柱につかまりました。
すると、ぐらっ、ぐらっと激しい横揺れがきました。
こんな大きな地震、今まで経験したことがありません。

ですが、地下一階の鉄骨コンクリート造の部屋で、
もともと美術品を守るための部屋ですから
この揺れならどこよりも安全なシェルターだろう、そう思いました。
どうしてこんなに落ち着いていられたのか、それには理由があります。
寺田寅彦の随筆を読んでいたからです。

びっくりしたのは、観覧者がワーッと叫び声をあげて
われ先にと、入り口のガラス扉のところへ殺到したことでした。
誰かが倒れたら、どうなるんでしょう…。
次の大きな揺れがきたとき、みんな走って地上へ逃げてしまいました。
展示室に残っていたのは、私と母、それからあと二人くらいだった
と記憶しています。

いつもの数倍の時間かかって、自宅へたどり着き、ゾッとしました。
2 階の私の部屋は、最初扉が開きませんでした。

十数年分のダンスマガジンを、本棚と洋服ダンスの上の縁に
グルリ並べていたのです。
それが地震の揺れでほとんどが落ちてしまっていました。
この部屋にいたら、無傷ではいられなかったかも知れない…。

入り口に殺到する人のことを怖がったくせに、
まず自分のことが、何もできていなかったのです。

自宅の屋根瓦が大きく波打っていることを知ったのは、
翌日のことでした。
この地震は、マグニチュード 6.7 で、
「 芸予地震 」と呼ばれています。

天満ふさこより

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2007年09月08日

LHC@HOME

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皆様 

前回 SETI@HOME の話をしました。
私も数年前やっていたのですが
久しぶりにこの HP を覗いてみました。

世の発展はすごいですね。
SETI だけでなく、とてもたくさんのプロジェクトが
ネットを通してパソコンで動くようになっていました。
BONIC という分散コンピューティングの枠組みが
開発されているそうです。

みたところ,バイオ系のシミュレーションが多かったのですが,
その中に LHC@HOME というのを見つけました。
LHC加速器の中を走る陽子の軌道を計算するんだって。

前回
『 Search for New Particles at HOME の時代もくるのかな、、、 』
なんて書きましたが。
「 くるのかな、、、 」という時代ではないようです。

高橋徹より

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2007年09月04日

B - Lab

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でも,新しい試みも始まっています。
B - Labというのは聞いたことがありますか?
KEK で行われている B ファクトリー実験の
データの一部を公開して
外部の方に、素粒子の探索をしてもらおうというものです。

主な対象は、高校生ということです。
私も大学 2 年生の諸君にこれに挑戦してもらっていす。
まだ始めたばかりですが,とても良くできたプログラムで,
高校生でも少し勉強すれば、新粒子探索ができそうです。
これは教育的な要素が強いですが、それでも面白い試みですね。

そういえば,天文の世界では、SETI@HOME
( Search for Extraterrestrial - Intelligence at HOME、
お家で探す地球外知性? )
というのがあります。

プエルトリコのアレシボ電波天文台で、
宇宙から来た電波を受信して、その中に
知的生命が送信したような信号がないか、探しているのですが
そのデータ解析には、とってもたくさんの計算が必要なのです。

で、どうしたかというと、
パソコン上で動く解析プログラムを web 上で公開して
これを一般の人のパソコンにインストールしてもらうように
したのです。

このプログラムは、スクリーンセーバーとして動くように
なっています。
つまり、パソコンのスイッチを入れておけば、
使っていない時には、かってに宇宙人探索をやるんです。

データは SETI 本部からインターネットで自動的に取得し
解析結果も自動的に送り返すようになっています。
面白いですね。
私も以前やっていたことがあります。
( 飽きてしまったので、今は止めていますが 、)

Search for New Particles at HOME の時代もくるのかな、、、

話がそれてしまいました。

高橋徹より

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