rssフィード


Movable Type 3.2-ja-2



2007年07月18日

Re:Re: 続湯川・朝永展(中間子論の頃)

line

皆様 

自己レスです。

前のメールに書いたことで、
朝永さんの書簡の「仙台」は1933年4月の日本数理物理学会なのか
ということが気になりました。

Webで検索すると,湯川秀樹を研究する市民の会
http://www.geocities.jp/sci_museum_saito/
というみなさんが、かなり湯川さんのことを調べていることが
分かったので、いきなりなのですが、その方々に
メールを書いて問い合わせてみました。

そしたら,丁寧なお返事をいただいただけでなく、
彼らの間で議論をしてくれて、webに
まとめて下さいました。

http://wiki.yukawa100.org/index.php?%C3%E6%B4%D6%BB%D2%CF%C0%A4%CE%CB%A8%B2%EA%A1%A21933%C7%AF%BD%D5%A4%CE%B3%D8%B2%F1

やはり
朝永書簡の「仙台」は、1933年4月の
日本数理物理学会のことのようです。

この学会では
中性子と陽子の散乱のポテンシャルの形がでている。
「けったいな粒子」という表現で
核力を担う粒子という話がでている。
などなど,まさに中間子論前夜
(今の目からみればすでに夜明け )です。

それにしても、
当時の核力に関する世界の素粒子物理学者の状況は、
非常に興味深いものがあります。
ここから中間子論の論文まで
1 年以上かかっているのですから。

高橋徹より

line