物理学者と素粒子好きのみなさんとの、ILC(リニアコライダー)にまつわる対話集。
好奇心のおもむくまま話はいろいろなことろに、飛んでいきます! はてさて、素粒子物理研究の一端をここで垣間見る見ることはできるのでしょうか?
▼はじめのごあいさつ
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広島大学准教授。スタンフォード線形加速器センターへて、広島大学へ。リニアコライダーでは「レーザーと電子ビーム」をキーワードに光子光子衝突や偏極陽電子源の開発を行っている。小学校のときは剣道場へ通い、中学・高校ではサッカー部だった。今でも週2回のスポーツジム通いは欠かさない。
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バレエ評論家。第4回・5回日本ダンス評論賞入賞。好きなものはバレエと猫。著書に『「星座」になった人 芥川龍之介次男・多加志の青春』(新潮社)がある。
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高エネルギー物理学実験を楽しんできたが、1年半前に KEKを定年退職して現在は名誉教授に。05年には木原元央氏と共著にて『リニアコライダー 素粒子の謎に挑む最強の加速器』(技術経済研究所)を刊行。
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カリフォルニア工科大学大学院に留学し、スタンフォード線形加速器センター、フェルミ研究所等で素粒子実験に携わる。ハーバード大学准教授、ハワイ大学教授を経て現在東北大学教授。ILCの物理と実験に関する国際組織のアジア代表を務めている。趣味は茶道、ピアノ、インラインスケートなど。
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2007年07月28日
KEKの大森先生より、メールをいただきました。
先生の御了承を得て、紹介いたします。
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天満様へ
『「 星座 」になった人』を読みました。
面白かったです。
正直に言うと私は文学とはあまり縁がなく、
芥川龍之介の小説も、中学校や高校の教科書に出てくるものを
読んだ事がある程度です。
芥川龍之介に3人の子供があるという事も、
新潮7月号に載った天満さんの解説を読むまで、知りませんでした。
そんな私ですが『「 星座 」になった人』を読んでみると
天満さんが「 多加志さん 」の足跡をつかもうと奮闘する様子が
生き生きと描かれていて一気に読めました。
とくに見知らぬ人にメールを書く時に、
少し時間を空けてからメールの文章を見直す話や、
電話を前に緊張している様子などは、
私自身も全く同じですので、非常に共感しました。
また天満さんが、瀧村さんと神奈川近代文学館を訪ねる場面などは、
私の好きなマンガ 『 鎌倉ものがたり 』 西岸良平 著( 双葉社 )
http://www.futabasha.co.jp/?isbn=978-4-575-83370-6 の中で
同じ様なシーンがあったような気がして、
ホウホウとうなずきました。
天満さんは 『 鎌倉ものがたり 』 をご存知ですか。
「 多加志さん 」が天文や科学に興味を持っていたようだとの
話ですが、昔の文学者にはそのような人が多かったみたいですね。
宮沢賢治もそのような影響を受けていて、
それが 『 銀河鉄道の夜 』 にも現れていると竹内薫さん( 科学解説者 )の
本で読んだような気がします。
昔の方が科学と文学の関係が近かったのだと思います。
今は科学が難解・細分化・専門化しすぎていて、
やってる当人達も、科学のごくごく一部しか
分からなくなっているのが実情だと思います。
科学を咀嚼する努力が必要かなと思います。
大森恒彦より
2007年07月24日
みなさま
岩田先生、もう読んでくださったのですか。
ありがとうございます。
長かったでしょう。(笑)
まだ、本が出て間がないのに、全部読んでいただいて
本当にうれしいです。
> 『 「 星座 」になった人 』では、著者がほぼゼロから出発して、
> 「 多加志さん 」についての情報を捜し求める行動と、
> やっとみつかった情報の源と内容を述べて、
> 全体像をつかもうとしています。
そうなんです。
まさに、無から有を創り出す " ビックバン " 状態。
リニアコライダーとおんなじ。( 笑 )
本を作りはじめたのは、去年の秋です。
物理屋往復書簡のコンテンツが始まる少し前でした。
ですが、こういう形で本を出した経験もありません。
編集長の矢代さんと初めてお会いしたとき、たまたま
リニアコライダーの話をしたら、小柴先生の
「『やれば、できる。』 http://www.shinchosha.co.jp/book/107021/
は、私が作りました。」と言われました。
また、つながっていた…!?!?
そのとき、「 期待に答えられるかどうかはわからないけれど、
とにかくやってみよう 」と決心しました。
文芸系の出版社だと伺っていましたので、私の頭の中では
素粒子物理とは結びつかなかったんです。
それからは、御存知のように、怒涛の日々( 苦笑 )でした。
よく倒れなかったなあ、と自分でも不思議なくらいです。
宇部での小柴先生の講演会の題名が「 やればできる 」…。
私はそのあとすぐ、平成基礎科学財団の賛助会員になりましたよ。(笑)
本もリニアコライダーのように、非常に多くの方々が関わって
作り上げることを知りました。
自分の名前が出るわけでもないのに、編集の方、校閲の方、
装幀の担当者、印刷所、営業の方・・・みなさま本当によくして
くださいました。心から感謝しています。
できたての本を持って、慈眼寺の墓所へお参りに行きました。
今回だけは、お花も華やかにしました。
手を合わせながら、涙が出るかなあ、と思ったのですが、
泣きませんでした。
できることは、全部したからでしょう。
天満ふさこより
2007年07月20日
みなさま
天満さんの著書が大々的に出版されましたね。
『 「 星座 」 になった人 芥川龍之介次男・多加志の青春 』( 新潮社 )
http://www.shinchosha.co.jp/book/304971/
です。ILC計画応援団の同志としての天満さんに、
心からお祝いを申し上げます。
送って下さった本を、さっそく読みました。
第一印象は、「 こりゃ面白い! 」
今までメールのやりとりをしていても、
天満さんがあちこちと走り回っている(?)、
多くの人と交流がある、といった雰囲気を断片的ながら感じて、
不思議な方だと思っていました。
この本のためだったんですね。
『 「 星座 」 になった人 』では、著者がほぼゼロから出発して、
「多加志さん」についての情報を捜し求める行動と、
やっとみつかった情報の源と内容を述べて、
全体像をつかもうとしています。
注釈で情報源などを説明するやり方はとらないで、
本文で全部を述べています。
ノンフィクションの中でもこういう書き方は、
深い思い入れを持った著者の心理と行動がモロにみえて、
しかも多くの関係者のつながり方もみえてきて、
面白いなと思いました。
どのチャンネルでは情報が得られなかった、
といった部分さえ、興味を惹きました。
あんな不幸な時代でなかったら…、
という悔しさが伝わってくる本です。
それにしても、「 多加志さん 」の年譜はあっさり 1 頁に
収まってしまうんですねー。
岩田正義より
2007年07月18日
皆様
自己レスです。
前のメールに書いたことで、
朝永さんの書簡の「仙台」は1933年4月の日本数理物理学会なのか
ということが気になりました。
Webで検索すると,湯川秀樹を研究する市民の会
http://www.geocities.jp/sci_museum_saito/
というみなさんが、かなり湯川さんのことを調べていることが
分かったので、いきなりなのですが、その方々に
メールを書いて問い合わせてみました。
そしたら,丁寧なお返事をいただいただけでなく、
彼らの間で議論をしてくれて、webに
まとめて下さいました。
http://wiki.yukawa100.org/index.php?%C3%E6%B4%D6%BB%D2%CF%C0%A4%CE%CB%A8%B2%EA%A1%A21933%C7%AF%BD%D5%A4%CE%B3%D8%B2%F1
やはり
朝永書簡の「仙台」は、1933年4月の
日本数理物理学会のことのようです。
この学会では
中性子と陽子の散乱のポテンシャルの形がでている。
「けったいな粒子」という表現で
核力を担う粒子という話がでている。
などなど,まさに中間子論前夜
(今の目からみればすでに夜明け )です。
それにしても、
当時の核力に関する世界の素粒子物理学者の状況は、
非常に興味深いものがあります。
ここから中間子論の論文まで
1 年以上かかっているのですから。
高橋徹より
2007年07月17日
皆様
湯川・朝永展にある朝永さんから湯川さんへの書簡ですが
もう少し調べてみました。
朝永書簡の中にあるポテンシャルなのですが、正確には
「Ae(-λr)/r としたのは仙台でやりました」
と書いています。
この「仙台」は、1933 年 4 月の
東北大学の日本数理物理学会のこと
を指していると思われます。
この学会には湯川さんも出席し、
彼の初めて学会講演を行っています。
「仙台でやりました」というのは、
朝永さんが彼がこれに関する講演を
学会で行ったということのようです。
そうすると「仙台でやりました」という表現も
しっくりきます。
ところで,湯川さんの学会講演の内容は
「核力を担うものとして電子の可能性を議論し
それを否定的な結果を得た」というものです。
( 専門的にいうと電子はフェルミ統計に従う粒子だから
ダメでした。
このときに、
ボーズ統計に従う電子のようなものを考える必要性を、
仁科博士が指摘したという話も残っています。
すごい!)
朝永さんの著書“ 学問する姿勢 ”の
「 中間子論が出たころの思い出 」には、
東北大学の学会で、
湯川が彼の考えを棒で地面に書いて説明しながら,
「 強い力の説明はできたが、けったいな粒子が出てくるわ 」
といったとの記述があります。
繰り返しですが,
この話は、1933 年、中間子論の1年以上前なのです。
( 湯川さんが中間子の着想を得たのは1934年10月というのが
本人の回想にもあります。 )
湯川さんだけでなく、朝永さんも中間子論まで
あと一歩だったのかもしれません。
高橋徹より
2007年07月14日
高橋様
おもしろそうな話ですね。
まったく知りませんでした。
実験で分かっていた、短距離力を表す
ポテンシャルの形の提案にとどまっていたのでしょうか?
問題はその形の解釈ですね。
核子散乱は、
まさに核力を調べていることになりますから。
特定の力、
つまり朝永先生が直接に関与した電磁力については、
光子を介して力が及ぶことが
既にわかっていたと思いますが、
これと中間子のアイデアとの関連は知りません。
歴史に疎いため、こういう話に弱いのです。
岩田正義より
2007年07月11日
皆様
広島市こども文化科学館で行われている
湯川・朝永生誕 100 年記念展に行ってきました。
今回の展覧会の目玉として、朝永さんが湯川さんに送った
直筆の手紙が展示されているのですが、
とても興味深いものだったのでの紹介します。
天満様、ちょっと専門的になります。
岩田さんはご存じでしたか?
湯川さんというのはとても几帳面な方で、
中間子論の研究資料をまとめて保管していたそうです。
今回、その中から朝永さんが湯川さんへ送った手紙が
展示されていました。
この手紙の存在は知られていたようですが、
展覧会などで公開されるのは、初めてとのことです。
この手紙は1933年( 夏前のようです )に
朝永さんが湯川さんに送ったもので、
中性子と陽子の散乱に関する研究の状況を
知らせたものでした。
手紙と言っても,物理のレポートのようなものです。
今、私たちはメールや WEB 研究の情報交換を
していますが、当時は手書きの手紙だったのです。
大変ですね。
物理では、物質と物質の相互作用を表すときに、
よく「 ポテンシャル 」という表現を使います。
このポテンシャルがどんなものかというのが、
相互作用の性質を決めるのです。
中間子論に関していうと、
「 原子核の中で中性子や陽子を結びつけている
核力のポテンシャルがどうなっているか 」
ということです。
ところが,朝永さんの書簡の中に、
中性子と陽子の散乱のポテンシャルについて
「 仙台でやりました 」とのコメントとともに、
これで良いようだという式が示してありました。
この式というのが、後に湯川ポテンシャルとして知られる
“ パイ中間子のつくるポテンシャルの形そのまま ”
なのです。
湯川の中間子論の論文は1934年ですから、その前年です。
びっくり!
中間子論から 50 年以上も経ってから
素粒子物理を学んだ私にとっては、
この朝永さんの手紙は、中間子論そのものに
見えてしまいます。
思いもよらず、興奮の 1 日でした。
高橋徹より
2007年07月08日
みなさま
天文学にも相対論にも弱いのですが、
織女と牽牛については
そのようなことを読んだ記憶があります。
でも、いいんです。
僕たちの頭に残ったのは、毎年 1 回会える牽牛と織女なんです。
こういう会合が不可能なケースには、愛なんて語れないのです。
月だってそうです。
アポロが見た月は、僕たちが知っている、
ウサギが居る月とは別の月だったのです。
科学が自然をあばいていくとき、僕たちのロマン(?)を残す道が
あってほしいですね。
岩田正義より
2007年07月07日
天満様
岩田様、正しいでしょうか?
> ベガ( Vega 琴座の織女星 )とアルタイル( Altair わし座の牽牛星 )は
> 15 光年離れている。
> 光は、一年に1光年しか進めないから、単純に考えても、7.5 光年かかる。
> よって、ふたりは1年に一度逢えないのだ、と言われたことがあります。
> ロマンティックな気分が、吹き飛びました。
> 愛は、時間も空間も … すべてを超えるんです!
さて、難しいことになりました。
私たちからみると、7.5 年ですが
光速に近いスピードで走っている当人たちにとっては
もっと短い時間のような気がします。
愛は、時間も空間も、、、縮めてしまうんです??
高橋徹より
岩田 先生
お願いですから「 広島は日本海に面していると信じていました。 」
なんて、書かないでください!!!
岩田先生は、名誉教授の肩書きを、ふたつもお持ちなんですから。(苦笑)
ところで、今日は七夕ですね。
こちらは、お天気があまりよくないのですが
織姫様と彦星様は、逢えるでしょうか?
願い事は、たくさんあるので、
いろいろ訊いていただきたいのです。(笑)
以前受けた、星の講義で
ベガ( Vega 琴座の織女星 )とアルタイル( Altair わし座の牽牛星 )は
15 光年離れている。
光は、一年に 1 光年しか進めないから、
単純に考えても、7.5 光年かかる。
よって、ふたりは 1 年に一度逢えないのだ、と言われたことがあります。
ロマンティックな気分が吹き飛びました。
愛は、時間も空間も…すべてを超えるんです!
天満ふさこより
2007年07月06日
岩田様
>名古屋に居た頃、頭の中では東西が逆転していました。
私は、方向音痴ではないと思うのですが、
名古屋では東西南北が混乱していました。
東海道本線や,山陽本線は東西に走っているという
固定観念があったのですが、
名古屋駅のあたりでは南北なんです。(北が大阪、南が東京方面 )
頭では理解していても、なかなかピンとこず、よく間違えました。
名古屋から三重を通って大阪に向かう近鉄特急は
南向き( JRでは東京方面 )に出て行くのです。
いつも????でした。
高橋徹より
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