物理学者と素粒子好きのみなさんとの、ILC(リニアコライダー)にまつわる対話集。
好奇心のおもむくまま話はいろいろなことろに、飛んでいきます! はてさて、素粒子物理研究の一端をここで垣間見る見ることはできるのでしょうか?
▼はじめのごあいさつ
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広島大学准教授。スタンフォード線形加速器センターへて、広島大学へ。リニアコライダーでは「レーザーと電子ビーム」をキーワードに光子光子衝突や偏極陽電子源の開発を行っている。小学校のときは剣道場へ通い、中学・高校ではサッカー部だった。今でも週2回のスポーツジム通いは欠かさない。
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バレエ評論家。第4回・5回日本ダンス評論賞入賞。好きなものはバレエと猫。著書に『「星座」になった人 芥川龍之介次男・多加志の青春』(新潮社)がある。
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高エネルギー物理学実験を楽しんできたが、1年半前に KEKを定年退職して現在は名誉教授に。05年には木原元央氏と共著にて『リニアコライダー 素粒子の謎に挑む最強の加速器』(技術経済研究所)を刊行。
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カリフォルニア工科大学大学院に留学し、スタンフォード線形加速器センター、フェルミ研究所等で素粒子実験に携わる。ハーバード大学准教授、ハワイ大学教授を経て現在東北大学教授。ILCの物理と実験に関する国際組織のアジア代表を務めている。趣味は茶道、ピアノ、インラインスケートなど。
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2007年06月30日
みなさま
何に書いてあったか覚えていませんが、天才ダ・ヴィンチは
人間を人並みはずれた集中力で観察して、よくスケッチしたそうですね。
しかも、体の内部にも興味を持ち、死体の内臓もよく観察したとか。
だから、どういう姿勢の人なり天使なりにしても、
実に自然な肢体として描けたそうです。
これが、天満さんが絵の先生に言われたことなんですね。
僕が小学生だった頃、ある著名な画家の絵の教室に通っていました。
でも何も教えてくれませんでした。
「その他大勢」のうちのひとりだと正しく認定されたのでしょう。
月刊小冊子のJAF Mateをみていて、
「方向音痴」という現象を思い出しました。
名古屋に居た頃、頭の中では東西が逆転していました。
( ほとんど電車通勤だったので問題はありませんでしたが… )。
ロングアイランドに住んでいた時も、東西が逆転しがちでした。
車を運転しながら、交差点ではいつも地図を頭に描きなおし、
新しい東西をインプットしてから曲がっていました。
だから、ドライブを好きになれなかったのです。
昨年に広島を訪れるまでは、広島は日本海に面していると
信じていました。
厳島神社は日本海に浸っていると…。
山陽線と山陰線の違いは知っていたのですが、
どうしても地理がイメージとして、正しく定着しないのです。
自分は、方向音痴だと認識していますが、
最初に地図を眺めたときの方角が定着しないどころか、
( わずか二次元のことなのに )逆転してしまうのは、
脳のどこかに欠陥があるとしか思えません。
脳をCPUに例えれば、どこかに不安定な、または壊れたビットが
あるんでしょう。
脳神経が再生できなくなった場所が、あるのかも知れません。
せっかく天才の話で始めたのに、
変な話にずらしてしまい、すみません。
岩田正義より
2007年06月22日
メールをありがとうございました。
すみません。脳は筋肉でできているのだとばかり、思っていました。
私のは、そうなのかも知れません。( 笑 )
> すごい努力が必要と言うよりも、
> すごく努力できる能力こそ必要かなと思えてきます。
私は、好きで好きで仕方のないことだったら、言われなくても頑張ります。
それから 「 自分がやらなきゃ、誰がするの! 」 という使命感にかられても、
努力しそうです。
「 天才とは1% の才能と99% の努力である 」と言ったと伝えられているのは
エジソンでしたね。
天才で思い出しましたが、先月東京国立博物館で
レオナルド・ダ・ヴィンチの 『 受胎告知 』 を見てきました。
子供の頃、絵を習っていたのですが、その先生がよく
「 ダ・ヴィンチのように、物に穴があきそうなほどよく見て、デッサンしなさい。 」
とおっしゃっていたのです。
『 受胎告知 』 では、画面左の大天使ミカエルの羽が、
白くてふわふわした羽毛ではなく、
茶色でがっしりした猛禽類の羽のようでした。
見た瞬間、これは 「 飛べるな 」 と思ってしまいました。
空に向かって飛んでいく姿が、想像できました。
宗教画を見て、最初にそんなことを感じるのは、不謹慎かも知れませんが。
それほどリアルに書き込まれていたのです。
ダ・ヴィンチというと、おびただしい数の手稿が遺されていることで
有名ですよね。
手元に大塚巧藝製の 『 科学者レオナルド ダ ビンチ展1974 』 の
「 神聖な比率 」という絵葉書が 1 枚残っていました。
広島のデパートで観た記憶があります。
たぶん 『 モナリザ 』 が来日したときの協賛展だったのでしょう。
今まで捨てずに持っていたということは、
子供心にそれだけ強烈な印象を受けたからだと思います。
描いて描いて、描き抜くことにより、本質を掴んでいるので
二次元の絵画が、奥行きのある深みのあるものに感じられます。
これは、遠近法を用いているからだけではないでしょう。
ダ・ヴィンチの絵画は、本質を捉えているからこそ、
遊びの部分、謎めいたところがあり、
それゆえ、見る人の想像を掻きたてるのではありませんか?
天満ふさこより
2007年06月17日
Re:考えて、考えて、考え抜けば…、その2
> 脳も「 筋肉 」でできているんですよね。
> でしたら、脳をその使い方によって、洗練させると考えてよろしいのでしょうか?
脳は「 筋肉でできている 」とは、言えないかな。
スポーツなどで、練習すると上手くなるのは、
筋肉に命令を下す脳を鍛えている、ということでしょうね。
( もちろん命令の通りに動くことができるように、
筋肉自体を鍛えることも重要です。 )
私は、学生にこんなことを言います。
「 スポーツや楽器の練習も、結局脳のトレーニングをしているんだ、
勉強との違いは小脳か大脳かの違いだけ。
スポーツは練習をしないと上手くならないのは、みんな知っているのに、
勉強にもこれが必要なことは、あまり理解されていなくて、
それをやろうとすると、詰め込み教育などといわれてしまう。
授業を聞いただけで、勉強ができるようになると思ったら大間違いだよ 」
そうすると、
“ どうしてスポーツや楽器の練習は、みんな頑張ることができるのだろう? ”
という大問題につきあたります。
この話を始めると終わらないのですが、
スポーツや音楽の共通点は、あるとき「 できた!」とか、
「 試合に勝った 」という達成感でしょうか。
勉強ではこれが分かりにくい。
そういえば最近「 脳トレ 」が流行っていますね。
私も xx-DS を娘と取り合いしながらやっています。
( 昨年のクリスマスプレゼントは、これと、スーパーマリオのソフトでした )
テレビでもデジタル放送の双方向通信を上手く使った番組があります。
やっていることは、トレーニングの結果を点数化して
○ 過去の結果と比べる。
○ 他の人と競争する。
ということのような気がします。
アレレ、これを文科省がやろうとすると批判されて、ゲーム会社がやると売れる?
分からなくなったので、話題を変えましょう。
> 小柴先生の、特に「 考え抜き 」という部分は、
> 常人( 僕 )にはとても跳び越せないような、
> 非常に大きなバリアーを表現しているような気がします。
> すごい努力が必要と言うよりも、
> すごく努力できる能力こそ必要かなと思えてきます。
その通り!だと思います。
「 天才とは努力する才能である 」という言葉がありますが、
その意味は岩田さんの言われたことですよね。
小林秀雄がそんなことを書いていたことを思い出しました。
高橋徹より
2007年06月13日
皆様、この話になると、返事が長くなります。
> 先生は、「 不思議 」という感覚を「 脳の働き 」に置き換えられるんですね。
いやいや、「 不思議 」は、やはりその通り受け取りますよ。
「 我々の知識と能力が及んでないので不思議と感じる 」場合と
「 偶然が重なって( つまり確率の低いことが起こったので )不思議と感じる 」
という二つがあると思っています。
天満さんの話にあった
“ 思わぬものが、思わぬこととつながっていると「 不思議 」 ”
… これは後者
“ あるきっかけが、全くちがった出来事を引き寄せると「 不思議 」 ”
“ 全く異なったものに共通点を見つけると「 不思議 」…。”
この二つは私の感覚では「 不思議 」なことが起こったというよりも、
「 面白い 」ことが起こったという感じです。
そういえば、以前私が「 面白い 」を連発するので、
天満さんが戸惑ったことがありましたね。
このあたりの感覚の違いが原因でしょうね。
もちろん、「 不思議と感じる 」とは私たちの脳がどのように反応した状態なのか?
という問題は残っていますけど、、、、これが天満さんの言われる
“ 「 不思議 」という感覚を「 脳の働き 」に置き換える ”
ことに近いかな。
高橋徹 より
2007年06月09日
みなさま
小柴先生の有名なお言葉から始まったやりとりで、
奇しくも同じような表現が出てきましたね。
考えることを積み重ねると脳の回路が鍛えられる
( スポーツ練習の繰り返しと同様 )、という高橋さんの解釈は
とてもわかりやすいものです。
天満さんは、バレーを例にとって、
鍛錬を続けて「 洗練 」に至ると言いました。
小柴先生の、特に「 考え抜き 」という部分は、
常人( 僕 )にはとても跳び越せないような、
非常に大きなバリアーを表現しているような気がします。
すごい努力が必要と言うよりも、
すごく努力できる能力こそ必要かな、と思えてきます。
実際、バレーでも「 踊れる体をつくるのに15~20年かかる 」とのこと、
びっくりしました。
以前、T. Murphyの『 Ballet ! 』という小説を取り上げましたが、
主人公のバレリーナは、週に平均10足のシューズをつぶす、
とありました。そんなにすごいんですか?
僕は毎日ウォーキングをしていますが、
殆ど何も考えずに歩いているようです。
眼は、住宅の概観や草木の様子、
視界が開けた場所では、四方の山並みに行きます。
街中では、店の種類をみて、
「 なるほど、床屋(または美容院)はどこでも必要だな 」、
「 そう言えば、髪結いは江戸時代から安定した職業だったな 」
などと合点する程度です。
これでは脳の回路が縮まっていくでしょうね。
岩田 正義より
2007年06月04日
高橋先生
今日は、脳のお話でしょうか。(笑)
先生は、「 不思議 」という感覚を「 脳の働き 」に置き換えられるんですね。
そんなこと、考えたことが無かったので、面白いです。
確かに私は、よく「 不思議 」という言葉を使います。
思わぬものが、思わぬこととつながっていると「 不思議 」
あるきっかけが、全くちがった出来事を引き寄せると「 不思議 」
全く異なったものに共通点を見つけると「 不思議 」…。
世の中は「 不思議 」だらけです。
> 考えて、考えて、考え抜くことによって、脳の回路( ニューラルネットワーク )が
> 鍛えられているのです。スポーツ等で練習を繰り返すのと同じです。
それなら、少しだけ解ります。
バレエでも、繰り返し、繰り返し、毎日正しいレッスンを続けていくことによって
身体が柔軟で強靭になっていきます。
( 踊れる身体を作り上げるためには、15 ~ 20 年かかるとも
言われていますけれど。)
鍛錬を続けていくことによって、身体の器官が本来あるべきところに
あるべき形でおさまるようになります。
すると、身体から、無理、無駄、歪みがとれて、エネルギーがすっきりと
滞りなく流れるようになるんです。
そうして、全身がくまなく使えるようになります。
これを私は「 洗練 」と呼んでいますが……。
脳も「 筋肉 」でできているんですよね。
でしたら、脳をその使い方によって、洗練させると考えてよろしいのでしょうか?
何にも考えていない 天満ふさこより
追伸:
「 ペンローズの量子脳理論 」とかいう、例の本ですか?
ずいぶん前に図書館で借りて、ほんの少しだけめくって
読むのを辞めてしまった本です。
私には、あまりにも難解すぎました。
去年、文庫本が出たようです。
もう一度トライしても…、やっぱり手も足も出ないでしょうね。(苦笑)
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