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2006年12月12日

SSCの顛末

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天満さま

SSCの顛末ですが、
ILCの状況とも少しからみますので、紹介します。
これは、SSC否定派であった私のコメントです。

SSCはご存じのように
全周100kmほどにもなる巨大加速器計画で、
すでに建設が始まっていたにもかかわらず 1993年に中止されました。

そもそもこの計画はアメリカの素粒子実験プロジェクトとして始められました。
当初の計画では50億ドル程度の建設費でしたが、その後の設計変更により、
80億ドルにふくれあがりました。
そのため、米国の予算では足らなくなり、
(急遽)国際共同研究として米国外からの資金調達をもくろみました。
その最大のターゲットはバブル経済まっただ中の日本でした。
(ただし、日本では90年代初頭にバブルが崩壊してしまいましたが)
たしか10、20億ドル程度の貢献を求められていたと思います。
その、日本からの資金調達方法ですが、日米首脳会談の議題とするという、
物理学者の遙か上のレベルで決着しようとしました。

当時、日本の高エネルギー物理学業界では
SSC積極派と消極派が真っ向から対立し、激論を繰り返していました。
双方の意見を要約するとこんなところです。

●積極派
これは、国際共同研究である。日本も大きく貢献するべきである。
日本に求められている資金貢献は日米のトップレベルで決められることであり、
この支出がなされたとしても、通常ルートの文教予算獲得において、
他の素粒子実験に悪影響を及ぼすことはない。

●消極派
これは、国際共同研究のふりをしているだけで、
実態は米国の国内プロジェクトである。
その証拠にアメリカ議会の予算決議がその生殺与奪を握っている。
実質上米国の国内プロジェクトである SSCに巨額の投資をするのか。
資金は雲の上できめられることといっても、素粒子実験業界の外みれば
素粒子実験に巨額の支出がなられたということにかわりはない。
他のプロジェクトに対する影響が無いなどということは考えられない。

議論はいつも平行線でした。
当時文部省関連のプロジェクトで最大のものはトリスタンの
700億円(約 5億ドル)でしたので、
それを遙かに超える額を米国に支払うということを意味します。

結局、日本の態度がきまらないうちに、
1993年にアメリカ議会で次年度の予算が否決され、
SSCは終わってしまいました。
その背景には冷戦の終了によって、
国威発揚という意味が失われたことも大きく影響していると思います。
消極派もこの決定には驚きました。

日本では一度始まった公共事業が
中止されることはほとんどないですからね。
日本の支出する金額がいくらになるかは議論になるとしても、
計画事態は進むことになるだろうという予測はありましたし、
物理の観点からもやれるのであれば、結果が見たいというとはありました。
米国の消極派からも米国の共同研究のパートナーとしての
信頼性が大きく失われたというコメントがあったと記憶しています。

リニアコライダーの研究は当時から進められていたのですが、
リニアコライダーをやっている人々に消極派が多かったのは、
想像に難くないでしょう。

このような教訓からリニアコライダーは
その計画段階から国際共同研究で行うことを強く意識しています。
ILCというひとつの計画にまとめたのも、このような理由があります。

高橋徹より

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