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2006年12月17日

海に眠るサイクロトロン

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こんにちは。
今回から、いよいよ、岩田正義先生(KEK名誉教授)が、
「 物理屋往復書簡 」に加わってくださることになりました。
さて、どんなお話が飛び出してくるのでしょう?

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私は、科学のセミナーや講演会が好きで、ときどき出かけます。
今年は、岡山県里庄町の仁科会館へも行ってきました。
「第 15 回理化学研究所里庄セミナー」 というのがあったのです。

その中に、X 線自由電子レーザーのセミナーがありました。
SPring 8 の北村英夫先生のセミナーでした。SPring 8 の 8 は、
8 Gev (じぇぶ) の 8 ですね。
(エヘン、このごろ少し賢くなりました。)

もちろん、仁科会館… 仁科芳雄博士のことは、知っていました。
ですが、それは二人のノーベル賞受賞者を育てられた方としてです。
そのおふたりとは、湯川秀樹博士、朝永振一郎博士ですね。

講義室のそばに、大サイクロトロンの図面帖の複製が拡げてありました。
あっ、これだ! と思いました。
去年の 11月 12日から 1ヶ月ほど、東京上野の国立科学博物館で
実物が公開されたのです。
この設計図は、長い間アメリカの物理学者ローレンスの厚意で譲り受けた
ということになっていたそうです。

しかし、この図面は、日本が独力で引いたものだということが、
その後の調査でわかりました。
理化学研究所は、戦災に遭いましたが、設計図の一部は、
焼失を免れたんですね。

ですが、この加速器は、不幸な運命を辿ります。
GHQ (連合軍司令部) の命令により、
理化学研究所に残っていた大小のサイクロトロンは、
昭和 20年に撤去され、11月 24日に東京湾に沈められたそうです。
京大と阪大に1基ずつあったサイクロトロンも、同様に壊されました。
戦争が終わって、これから研究ができるというときに… 。

仁科博士はどんな思いで、ご覧になったのでしょう。
「心中を察するに余りある。」とはまさにこのことですね。

私は、よく時代とのめぐり合わせ、ということを考えます。
こうして ILC の建設の話をできること、実現に向かってがんばっていけること
…… 日本の加速器の歴史を振り返ると、大変恵まれた幸せな時代に
生まれ合わせている、そう思えるのです。

天満ふさこより

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